6月園便り より

園の環境には一つ一つに意味があります。例えば、靴箱の横に置いてある小さなベンチは、小さな子たちも靴の着脱がし易いような高さにしてあります。園庭に植えられている草花はそれに集まる虫たちも含めて、園庭を彩りよく飾り情緒豊かな感性を育む為でもありますが、子どもが実際に本物を見て触れて匂いや触感も含めて本物を味わう、生物や自然科学、命を体験する為でもあります。各クラスに用意してある、生活環境や教具・用具も同様です。例えば、園では可能な限りオムツでなくパンツで過ごすのも、排泄を自分で意識したり濡れたり汚れた時の不快も感じて着脱やその始末・トイレでの排泄を促すためです。椅子や机は子ども達が座って落ち着いて活動するために用意してあるし、各自の荷物を入れるロッカーは自分の物・他人の物を認識し、自立を促すとともに他者を思いやる事や整理整頓・美的な感覚を養う為でもあります。

教具・用具の中では、例えば「日常生活訓練」という分野にあたる「切る」や「貼る」や「縫う」や「あけ移す」や「描く」等の動作が含まれるお仕事は、それぞれの道具を使用して動作を行ったり作品を作ったりする中で、目で見て自分の意思通りに手先を動かせる「目と手の協応性」「巧緻性」を培いながら自立を促すものです。体全体もそうですが、手先も含めて自分の意思通りに体を動かせることが、自立につながり今後の活動の基盤になります。また、「感覚教育」の分野にあたる「赤い棒」という教具は、それを持ち運んだり並べたりしながら長さを実感し「長い」と「短い」を知っていく「より長い」「より短い」を体験していく為です。「色板」という教具は、様々な色の板を並べたり見比べて楽しみながら、色の名称を知り、色の濃淡や明暗を感じ、色彩感覚を洗練させていきます。

モンテッソーリ教育の活動は、生活の中で出来るだけ本物を味わい自分の生活を自分で行いながら実体験を積みかさねていきます。それを助け補完する意味で「日常生活訓練」という分野の活動が用意してあります。さらに、生活の中で体験や感覚を整理し理解し洗練していくために「感覚教育」という分野の活動が用意してあります。この感覚の整理を経て「言語教育」や「数教育」に繋がっていき、総合的な「文化教育」に展開していきます。それぞれの分野の活動についてはまた別の機会にゆっくりお伝えしたいです。

このような、園全体の生活と環境・教具・用具の中で、子ども達は生活し活動します。先生たちは、子どもがどのように環境に関わっているか、どのように活動しているのか、よく観察して、その目的や本質と大きく離れていなければそれぞれの活動を認めてあげるし、離れているようなら、やり方を繰り返しして見せて伝えます。子どもの活動を否定するのではなく、何度も根気よく繰り返し伝えます。どうしても出来ない場合は、その環境や活動はその子にはまだなのかもしれません。別のものや違う段階のものを用意してあげます。環境に子どもを無理やり合わせるのではなく、その子どもに必要な環境を用意してあげるのです。子どもは本質的に自分で育つために今必要な活動を選び集中していくので、環境が合っていて、その環境との橋渡し・自分で出来るための最小限の手助けがあれば、自発的に活動を始め自立への道を歩み始めます。自ら育つのです。

カトリック教会では、人間は神様の似姿として創られたとされています。この世界を守り治めるために創られたと、聖書の天地創造のエピソードに記されています。神様の本質は「愛」です。なので、人間の本質も不完全ですが「愛」で、愛し合い助け合ってこの世界を守り治めるよう為に私たちは創られています。神様からみたら私たち人間はみな子どもです。私たちに自由を保障し、愛し合い助け合って世界を守るように、繰り返し繰り返し伝えてくれているのだと感じます。世界中の人間がその本質からそれずにいられるように願い祈りたいものです。