11月 園便りから

モンテッソーリ教育の外部研修に行った職員から話を聞いていて、とても印象深い言葉がありました。それは「〇〇と幸せに出会う」という言葉です。

誰が出会うのでしょう・・・・それは子どもです。子どもが何と出会うのでしょう・・・。いろいろなものが当てはまると思いますが、ここで言いたいのは人というよりは、環境です。もっとわかりやすく親や教師の目線で言うと、身に着けて欲しい事・学んで欲しい事でしょう。具体的に言うと、ことばや数もそうでしょうし、身の回りの事や良い習慣やマナーもそうでしょう、体を動かすこと等もでしょう。この幼児期に育って欲しいと思われる具体的な面に、幸せに出会って欲しいのです。

幸せにとは・・・・?どういうことでしょう。嫌な時に出会うと幸せでしょうか?同じ事でも好きな時に出会えれば幸せに感じるのではないでしょうか? そう、「やりたい!」と感じる時にそれと出会えることが幸せに出会うということです。例えば、食べたいと思ったときにそれを食べられた時の幸福感・・・眠い時に眠れた時の満足感・・・皆さんも体験して知っているはずです。同じように、子どもたちはこの幼児期に「育ちたい」と強烈に感じています。体を動かすことも、身の回りの事を自分ですることも、自分のルールを守る秩序感も、文字や数を知って使うことも、挨拶やマナー、社会のルールや仕組みを知っていくことも、自分でやりたい!しりたい!と感じています。モンテッソーリ教育ではこのようなそれぞれの時期を「敏感期」と呼んでいます。

でも、これは他の人と同じタイミングではありません。人それぞれです。同じ年齢でもAちゃんは今かもしれませんが、Bちゃんは明日かも、Cちゃんは2か月後かも、Dちゃんは半年後かもしれません。

だから、みんなで一斉にするのではありません。罰で追い立てたるのはもっての外ですが、ご褒美で引っ張ったり過度に競争心を煽る必要もありません。いつでもやれるように生活の中に準備しておいてあげて、子どもが自分の「やりたい!」タイミングでやってみるのです。〇〇に幸せに出会えた子は、〇〇に自分で一生懸命取り組むし、〇〇を身につけていくし、〇〇に対して一層の意欲や探求心も芽生えるでしょう。「したい!」という強烈な欲求を存分に満たされたら、幸福感に溢れた善い個性を発揮するでしょう。幸せな出会いを繰り返した子は、さらなる幸せを求めて、いろいろな事に意欲をもって取り組むでしょう。今まで苦手だったことにも積極的にそれぞれのタイミングでチャレンジできるでしょう。

幼児期を過ぎると、この敏感期の強烈な欲求は徐々に薄れていきます。さらに、小学校以降は、学年毎の一斉の学習や活動、テスト等での点数や人の評価によって否応なく比べられ競争を迫られる場面が増えていきます。これは今の社会では仕方のない部分ですし、ある面では必要な事でもあります。だからこそ、その前に、自分のタイミングで自分の力で育ち、それに自分で満足し、自分はこれでいいんだ、自分は愛されているんだ、という自己肯定感を身につけておいて欲しいのです。この安心感・幸福感が、人生の荒波の中で自分を見失わずに、より善く人と共に幸せに生きていける力の源になると信じています。